エゴとの対峙

この数年、自分のなかで考え続けてきたことがあった。それは「エゴ」のこと。言葉って難しいとつくづくと思うのだけれどがエゴを自分がどう理解して意味づけていたのか何故苦しかったのか。
少し分かってきた気がする。

「エゴじゃないところで受け入れられたらいいね」

突然の家族の病に戸惑い治癒を願う私に投げかけられた言葉がずっと頭から離れないまま時が経った。「エゴじゃないところで受け入れる」ということはわたしにはエゴがあるっていうことなんだな。ことばに敏感過ぎるわたしの頭にくっきりとそのことが刻まれた。それが今年になり治癒を願うことはやはりエゴなんだ思うようになった。

だからといって事実を受け入れられたかといえばそんなこともなく。
これからもずっと考えつづけていくのだと思う。

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