その時々の季節を思いきり

10月になった。今年は思いのほか秋を楽しめているように感じる。
とても、いやかなり久しぶり。

展示の予定があると季節を全く楽しめなくなってしまう。
自分次第ではあるものの、それでもなかなか。。。
わたしは他の人よりも努力が必要。
それがゆっくりしていても心からリラックスできなかった理由かな。

季節を思いきり満喫できることは幸せなんだなぁ。
と言いつつこれから制作。
年内2つのグループ展に参加します。
詳細はのちほど。

置きざりにされたことばたち

いろいろ考えてるわりにはことばがなかなか出てこないのは小さな頃から。黙ってても分からないってよく言われてた。近頃はあまりそういうことも考えなくなっていたけれど改めてことばと想いとの関係を自分なりに思索している。正解はきっとないのだろうなぁ。

あなたのなかにわたしをみている

2013年に描いたこの絵。
ほんとうにわたしは自分を相手のなかにみていたのだなぁと実感している。
人間の単純さと複雑さを想う。

どうやって生きてきたんだろう

9月に入り、夏の名残を感じつつも秋のはじまりも感じる季節。個展が終わったら作業場を片づけするぞーと思いながら疲れがでたりしてあっという間に終わってしまった。9月もあっという間に終わっていきそうな予感・・・

ここにきてまた自分の弱い部分について考えている。
自分の現実をみることの難しさ。

逃さないように向きあってきたつもりなのに
だいぶ逃してばかりのわたしだったようなのである。

 

無事に終了しました

お盆を過ぎたら秋の空気がまざりこんできました。
今年も無事伊東屋珈琲さんでの個展を終了することができました。
ご来場くださった方や想いを馳せてくださった方々に心からありがとうございます。

回数を重ねて慣れることもあり、慣れないこともあり。
でもやらなければよかったと思うことは一回も無い。

特に今回は自分へのダメ出しもなくがんばったねと素直に思えたかなぁ。
いや、へっぽこな自分は変わってはいないんだけど、それでも
まるをつけてあげてもいいようなそんな気がしたのでした。

遠方からはるばるとやってきてくれた友だちに直接作品を感じてもらえたこと。
そう、作品って観るのもそうだけど全体で感じるものなんだよね。
だからその空間をできれば感じてもらいたい。
空間をつくりたくもあるのです。

終わった後の満たされた気持ちと疲れと浮遊感。
今しか感じられない気持ちを感じさせてあげよう。



自然と芸術

アリストテレス「自然は芸術を模倣する」
オスカーワイルド「芸術は自然を模倣する」
わたし「どちらもそうなんじゃないかなぁ」

展示のお知らせ

暑中お見舞い申しあげます。7月も終わりですね。どうも夏もリズムを崩しているのでは、と思うような印象の今年です。来週の土曜日から一週間、桐生の伊東屋珈琲2号店(Itoya coffee factory)さまで展覧会をひらきます。データをみていたら去年も同じような時にやってました。夏は苦手、と思っていたけれどもしかしたら身体がいちばん動くのは夏かもしれない・・・と思うようになり暑い盛りの展示となります。でもちょっと暑すぎだなぁ。どうかご自身を労わりつつこの季節をたのしめますように。世界平和というものがあるとしたら自分を大切にすることから始まるのではないかしらと。そのことにやや確信を抱くこの頃なのです。

あらい いづみ展
ほとりにたたずむ
I can hear you.

2022.8/6(土)-8/13(土)
10:00-19:00
最終日は17:00まで

会場 Itoya coffee factory
群馬県桐生市仲町3-15-20

植物たちのように

暑過ぎたり雨が降り過ぎたり「過ぎる」ことが多いような気のするこの頃。
植物のようにただ在るように在りたいと願うわたしです。

エゴとの対峙

この数年、自分のなかで考え続けてきたことがあった。それは「エゴ」のこと。言葉って難しいとつくづくと思うのだけれどがエゴを自分がどう理解して意味づけていたのか何故苦しかったのか。少し分かってきた気がする。

「エゴじゃないところで受け入れられたらいいね」

突然の家族の病に戸惑い治癒を願う私に投げかけられた言葉がずっと頭から離れないまま時が経った。「エゴじゃないところで受け入れる」ということはわたしにはエゴがあるっていうことなんだな。ことばに敏感過ぎるわたしの頭にとしっかりそのことが刻まれた。それが今年になり治癒を願うことはやはりエゴなんだ思うようになった。

だからといって事実を受け入れられたかといえばそんなこともなく。
これからもずっと考えつづけていくのだと思う。

返り咲く力

私はバラが好き。好きなだけで育てるのは母。なのでもうこれ以上増やさないでと言われている。
今は3種類のバラが育っているがこの写真のバラは10年以上前、生産農家さんから購入したもの。カフェオレ色の茶色いバラだったのにいつの間にか色が変わっていた。母に尋ねると挿木されていた部分が無くなってしまい元のバラになったのよ、原種は強いよねとそんな話。

お花でも野菜でも先祖返りすることがままあるようだ。もともとのかたちに返ろうとする力。
ヒトはどうなのかな。経験や社会的な信念体系を歳と共に積み重ねてきているわたし。もともとはどんなヒトなんだろうと考えている。

庭のばら