利他と被害者意識

1年くらいこのブログを書けずにいた。
少し生活が変わったこともありパソコンも開かないみたいな日々でそのまま流れてしまっていた訳なのだがその間にも書きたいことは沢山あってでもそのときに書き留めなければやはり流れていく。

それではいけないな、と思っていた。
ことばも習慣が無いと容易に自分のなかから失われていく。
人間は沢山のささやかな習慣からできている。

下書きのままだったこのタイトル。
人間の持ついろいろな気質や観念の組み合わせはその人自身の個性と言えるものだと
思うのだけど。矛盾していたりバランスを欠いたり居心地が悪かったりもする。

「誰かのために」と「やってあげたのに」
これは非常に相性が悪い。自分もこんなふうに思うことはもちろんあったし
そんなふうに思ってはそれを否定したり忙しかったなぁと思う。

こんな矛盾が起きるのはどこかでいい人してるからなんだなと思うようになった。
いい人って誰かにとっての都合がいい人。

私は長らくこのいい人をしてきたみたいなのだ。
相手の方の笑顔や喜ぶ顔をみたかっただけなのだけど。

その前に自分が楽しいのか嬉しいのか喜びのなかでの選択なのか。
そちらの方がずっと大切なことのようなのです。

 

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