思うこと

エッセイ更新のお知らせ

お盆が過ぎ、夏の終わりを感じるこの頃ですがお元気ですか?
新しいエッセイを更新しておりますので良かったらご覧ください。

こちらからどうぞ

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今年は梅雨が長かったので待ち遠しい夏でしたが、梅雨があけてみれば連日の猛暑で太陽のエネルギー、力の強さを実感する夏でした。

9月にはオンラインオンリーでの個展を予定しています。
いろいろが変わっていく状況のなかで自分にとってのたいせつなものは
見失わずにいたいです。

エッセイ更新のお知らせ

2020年の年があけてからもうすぐ一ヶ月が経とうとしています。
この一年もみなさまにとって充実したものになりますように。
今年もゆるやかに活動していきたいとおもいます。

さて、昨年からお世話になっているギャラリーピカレスクさんで書きはじめたエッセイを年末に書き上げ更新していただいております。こちらからお読みいただけます。少しずつですがだんだんとペースがつかめるようになってきました。ふだんとりとめもなく考えていることを自分で俯瞰できる機会でもあります。

時々、「読んでるよ」と声をかけてくれたりすると恥ずかしいのですがとても嬉しいです。今これを読んでくれているあなたです、ありがとう。描くことも書くことも似たようなものなのかもしれないと思うこの頃です。

秋を感じながら振り返る夏

ようやくそこここで秋を感じられるようになってきました。
この夏に開催していただいた鹿児島での個展は先日無事に終了いたしました。

初めて遠い場所で展示をしていただき、そこへ訪ねていきトークやワークショップも開催していただくという盛りだくさんの夏、でした。九州を南から北へ移動しながらの11日間、たくさんのものを受けとったせいか帰ってからはしばらく放心状態で何もできず。身体的な疲れだけでなく、いろいろな場所をめぐりたくさん感じたことがあってそれが落ち着くまで時間が必要だったのかもしれません。

この秋から冬にかけての展示は12月に毎年参加させていただいている赤城のさくらカフェさんの展示に参加で今年はの展示活動は終了です。来年の展示のための制作に入ります。

冬眠に入る前のリスのような気持ちでこつこつ作業を進めたいと思います。

エッセイはじめました。

いつもだったら梅雨あけしている頃ですが、今も雨が降っています。
雨は降ってはいるけれど何となく「夏」の感じが漂ってきました。

作品集「いのちのかたち」をピカレスクさんに納品させていただきました。
作品集について文章を綴っていただきましたのでご紹介させてくださいね。

https://picaresquejpn.com/staff-letter/araiidumi-artbook-the-shapes-of-life/

また、タイトルにある通りエッセイの連載をピカレスクさんのホームページで
始めさせていただきました。制作に関することや日頃考えていることを書いていけたらと思っています。こちらは本当にゆるっとした日常やお知らせを中心にと思っています。

https://picaresquejpn.com/staff-letter/idumi-arai-essay-no1/

アーカイブはnoteのサービスを使ってみようかなと考えてます。
またお知らせしますね。
ホームページもしっかりしたものを作ろうと思ってから何年経ってるかなぁ。
今年中にはかたちが見えたらいいのだけれど。

「いづみちゃんのペースだと友だちいなくなる」って昔言われたことあるんです。確かにスロウではある。でも必要なタイミングで進んではいる小さなボートであります。

I know 2016

今年の半分がおわります。

先日の22日は夏至でした。明日6月30日は夏越の大祓で、今年の半分が終わります。年々加速していく時間の感覚が、加速というよりもてんでばらばらに散らばっているようなそんな感覚を覚えます。

それは、年齢を重ねているということに加え世の中の動きに自分が少しも合わせて生きていないことも多分にあるような気がします。

2月に念願のインドへ行ってアーユルヴェーダのパンチャカルマを受けたこと、5月には個展をしたこと。もうそれだけで十分に充実したこの半年だったように思います。

特にインドへ行けたことはこれから先の自分のことを考えてもがっつりと自分と向き合う大切な時間だったと思います。でも今はすでに過去の感覚。。。
思考と身体感覚の一致がどれだけ心地よく楽で気持ちの良いものなのか体感できたことは「経験は宝なり」ということなのでしょうね。

そしてまた忘れて乱れる訳ですけれど、一致した感覚を知っているか、知らないでいるかということはとても大きいのだと思います。体には刻まれているから。

こういった経験は制作にまたおおきく現れるであろうことは疑いようがありません。自分の表現は「わたし」の感じたものからしか生まれないから。

長くなってしまったので個展のことは別の記事で書いてみようと思います。

15年ぶりの海外でした
インドのひかりのなかでは色が鮮やか
ちょうど満月のときインドにいました
ベジタリアン仕様のやさしいインド料理

4月になりました。

今日から4月。お正月よりも年度末の切り替えの方がスタートに感じられる方が多いのかもしれない。学校や会社にお勤めの方など。。。

私は今そういったものと縁のない生活をしているけれど、それでも4月になると始まりだなぁとぼんやり思う。

ここ最近寒くて咲きかけた桜も縮こまってしまうような感じだけれど今週、来週あたりが見頃なのかな。特別お花見というものもしないけれど自宅のすぐそばにある公園の桜をただ通りがかりに見るのが好きだったりする。

昔勤めていた職場の目の前にあった公園の桜もとても立派で、桜の満開のときには惚れ惚れするほどに美しい桜を見せてもらったものだった。

その前の職場にも近くに公園があって、公園という場所が私にとってわりあい重要な場所だったなと気づいたのは大分後になってからのこと。

職場にいつも居どころを見つけられないでいた私にとって公園は友だちのような支えのような存在だった。昼休み、いつもふらふらしては考え事をしたりお弁当を食べたりブランコに乗ったり。

今はそれほど行くこともなくなったけれど人がそれぞれに思い思いのことをして過ごす公園が今でもとても好き。

春という季節

春。

卒業や新しい生活やリズムが始まる季節。

春と聞くだけで、ふわっとした始まりやあたらしいことを同時に想像する。

春がスタートの季節になったのはいつからだろう。

それなりの年月を生きてきたわたしもまたあたらしい何かに向かうそんな気持ちのこの春。

何回でも「あたらしい」は重なりつづける。
肉体の終わるそのときまで。

ラストスパート

いよいよ、来週から伊東屋珈琲さんでの個展が始まります。
いつのときも準備は足りていないような気持ちでいるのですが
これでばっちりというときはなかなかありません。

それでもいまの自分のせいいっぱいを意識してはいます。
わたしの作品はそのときの自分が色濃く出てしまっている気がします。
ライブみたいな。

サラリーマンをしていた数年前までは本当に酷いもので
気持ちの切り替えに時間がかかり、続かない集中力と
集中し始めるとまた仕事に行かなくてはならない悪循環とで
自分を苦しめていました。

昨年、本当に全てを失ったような状態になったとき
描くことだけが自分のそばにありました。

助けられたと思いました。

一般的には絵描きで暮らしを成り立たせることは
難しいとされていると思います。

私にとってもそれはずいぶん昔からのテーマで
「趣味でやりなさい」とか、「ゆめみたいなこといってるんじゃない」
ということばに無意味に傷ついてきていたように思います。
両親は公務員になるようにずっと私に言ってきたくらいの人たちです。
ずっと暗いトンネルのなかにいました。

それでも気づいたときには絵を描いて暮らしていくんだって
なぜだかそう思っていてしまった自分がいて、
歳を重ねれば重ねるほどに自分をだませなくなってきて

そんな頃パワハラにあうようになり、どうしようもないほどに
精神が崩れかけ逃げるようにサラリーマン生活にピリオドを打ったのでした。

時間がそれなりに経った今では経験に良い悪いもなくただただ貴重な経験ができた
と思えるようになってきています。
サラリーマンをしたから良かったと思うこともきっとね(あると思う。)

今は以前に比べて、描くことに時間を割くことできるようになりました。
アルバイトをやりつつの制作生活ですがしあわせです。
お金は課題だけれども少しずつ少しずつ。

手を動かすことはきっとずっとやっていくでしょう。
何故なのかは自分でも理由がわかりません。

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